鬱は、心の病気ではなく、脳の病気だから。
「鬱は心が弱いって訳じゃない。脳の病気なんだ。」
上司の言葉を聞いて、どんな顔するのが正解なのか
わからなかった、あやコムだよ★
コンプライアンス系の研修でのひとこま。
実際に鬱の休職者が出たわけでもないけど、
病気に対する偏見や差別をしないための研修。
もし、心が弱くて鬱になったら?
それは責められても仕方ないことなの?
それって差別じゃないの?
そしてこの時の違和感で、NHKの番組を思いだした。
介護ヘルパー不足が深刻っていう内容だった。
(優秀な人材は、どこも不足してるけどね。)
車イスの男性が、2人の男性に入浴介助をしてもらっていた。
介助する二人は、介助初体験。
一人は、「難しかった」という感想。
介助された男性は「まあまあ上手でしたよ」と回答。
もう一人は、そもそも税金を使って障害者が自立した生活することに否定的で、介助した後もその考えは変わらないというようなことを言っていた。
それに対し、介助された男性は
「じゃあ、介助が必要なことは、僕が悪いからだと思いますか。」
と質問した。
これは編集の問題なのかもしれないが、
あやコムが驚いたのは2点。
①「ありがとう、助かりました。」というような
感謝やねぎらいの言葉がなかったこと。
自分ができないことをしてもらったら、
例えお金のやりとりがっても、感謝の言葉やねぎらいの行動
(設備点検の人にお茶出すとか、レストランでご馳走さまって言うとかね。)
が当たり前だと思っていたし、
ましてや人手不足ならなおさら有難くないか?
②介助される人は、自分は悪くないから介助されている、
または悪くないから、税金で介助を受ける権利がある
と考えているような口振りであったこと。
「僕が悪いからだと思いますか。」
その言葉に、ぎょっとした。
あやコムは介助や福祉、経済にいたるまで、
サービスとか助けが必要なのは、必要な人がいるから。
それ以外の理屈を考えたことはなかった。
悪いから、助けが必要ないなんて理屈があるのか。
悪い、悪くないで考えるのって必要?
質問が間違ってないか?
必要な助けがあり、かつ個人で解決できないから、
国の福祉があるのでは?
違う?
違うのか?
これはあやコムの偏見と差別なのか?
偏見と差別ついて、
宜しくご教示願います。