毎日ドキドキしながら告白したいと思う。
「す、好きです。」(ドキドキ、、拒否されるかも。)
昨日、イチャイチャして「だいすきよー」などと安心しきって言い合っていたって、今日はわかんないじゃん。
言葉も気持ちも永遠じゃない。
だから神様仏様、世間様に誓って、法律でしばって、
一生一緒にいような?な?って契約するわけじゃん。
一緒にいること、付き合っていること、結婚していることは、好きなことの証明ではないし、
エネルギーの節約(お金、愛情、時間、新たにパートナーを探す手間)程度の証明でしかないでしょう。
だから毎日、フラれるかもと思いながら、告白したい。
みんなは違うの?違うよね。知ってる。
それで思い出した話。
上司にガンがみつかった。
彼は妻子がいて、病気も一応は融解した。
彼はプロスポーツ選手を二十代で引退、その後、一般企業で管理職になった文武両道のタフな人であった。
彼は自分の残りの人生を考えて、
好きに生きたいと思って奥さんと話し合って、離婚。
好きに生きたいって、、、?
これ、どうよ。
自分が苦しいとき、家族は要らないとわかってしまった。
自分が苦しみから解放されたときにも、家族の存在が有難いと思えなかった。
大変なとき、苦しいとき、必要ないものは、
人生において、不要なんだと思う。
不要であることを、まざまざと知らしめてしまうんだと思う。
生きることの残忍さに震える。
その感情、決定に会いたくなくて、震える。
しかし、知っている。
苦しいときに、要らなくて、
悲しいときに、要らなくて、
寂しいときに、要らなくて、
楽しいときに、要らなくて、
助けが必要なときに、要らなくて、
どうしたって自分の人生に要らなくなってしまった、人。
西野カナさんより、震える。人生のトリセツ。