【要確認】宜しくご教示願います。

前提条件が人と違うようで、会話が成り立ちません。どうしたらよいか教えて下さい。

言葉が通じないとき、心も通じてないと思うから寂しい。

オーナーが中国出身。

10年も日本にいるし国籍は日本人だけどへったくそ。

見栄っ張りでケチるとこおかしい。

金勘定が下手すぎる。

言葉によるストレスから解放されたくて、

選んだ仕事で、オーナーとの日本語のやりとりに疲労してる。

 

楽な仕事なんてない。

 

うるさい。

 

楽したいから給与の安さに目をつぶっているんじゃないか。

くそう。

仕事自体は楽しい。

くそう。

独立してぇ。経験不足。

くそう。

 

エグザイルの誰かに似た人からナンパされた。

くそう。スッピンときに声をかけんなや。

やっぱり言葉が通じない。

心は通じたくないから。

 

 

 

何してる?って言われると言葉がつまる。

電話がくる。

「何してる?」

LINEのメッセージがくる。

「何してる?」

 

「君の対応してるよ」と言いたくなるけど、

相手の意図を無視しては言えない。

 

「お仕事、何してるんですか?」

言えない。

言えない仕事はしてない。

だけど誇っていないし、ちょっと特殊で説明しがたい。

そしてただの世間話用に回答できない。

 

言ったなら、

イメージがつくから言いたくない。

わたしという人間を、切り売りした時間で判断されたくない。

 

サービス業界なら、気が利くとか。

銀行務めなら、細かそうとか。

公務員なら、真面目そうとか。

つまらないイメージ。

 

だからとにかく「普通の事務です。」

と答える。

事務作業の発生しない仕事などほぼないから。

それでも食い下がってきたら、「ちょっと特殊で。」

と面倒そうに答える。

 

「あなたは?」

で、充分。人は話がしたいらしい。

私は、話が目的で話をしない。

わたしという人間を知ってほしくて、あなたの異なる意見が聞きたくて、話をする。

 

だから知ってほしくない人には、何も話したくない。

意見の聞きたい相手以外、何も議論したくない。

話をすることは、わたしの好意そのものなのだと気付いた。

 

話を聞くことは苦ではない。

嬉しそうに何度も同じ話をされても、

ニコニコ聞いていられる。

しかし、相手にはわたしに好意があるわけではなく、

単純に気持ちよいからしてるだけの行為である。

 

それが既にちょっと寂しい。

 

 

 

ダサイのが嫌なんじゃない、頑固なのが嫌なんだ。

ファッションは人間のラッピングなので、

そんなもので人間をはかってはいけない。

 

いけないけど、

こだわりのあるファッションのテーマはいつだって

「見せたい自分」なわけで、センスは光ってしまうのだ。

 

「ダサイ」ってなんでしょう?

 

ファッションのことなんかからきし分からないし、

各々好きにしたらよいのだけれど、

「こだわりのダサみ」と「無頓着のダサみ」があって、

どっちもダサイことには違いないのだけれど、

こだわりのダサみは、こだわるからダサイのであって、

それって「頑固が嫌なんだ」ということ。

 

センスじゃない、頑固が嫌なんだ。

 

こだわるから、個性がカッコイイんだ、

とかいう考えもあるけれど、

それは内面の話であって欲しい、と思ってしまう。

 

「わたしだけが、知ってるあなた。」

みたいなものが、やっぱりいとおしいので、

ファッションで自己表現をされると

誰彼かまわず、「おれ、他の人とはちょっとちゃうねん!みんなと一緒、いややねん。」って言ってまわっているようで、

「ええ?みんな一人一人が個性的だよ?同じ格好してる方が個性は光るよ?」という当たり前の回答をしたくなる。

 

個人的には、服がダサイより、

言動がダサイ方が嫌です。

 

クソダサラブトーク、つらい!

 

 

 

 

 

「恋はした方がよいよ。」彼は言った。

恋、愛、性、仕事、子供、結婚。

本当は二十代のうちに自分なりに考えて行動して、

良いも悪いも結果をだして、

選んで、けりをつけねばならぬことを、

ガンガン無視して生きてきたのだ。わたしは。

 

自分の年には母親はすでに三人の子供を産み、

子育てで疲弊していたであろうに。

 

恋も愛も、なんて恋愛はなんと贅沢なのだ!と思うけれど

恋の期限は短く、ビギナーズラックみたいなもんで、

継続するには愛と惰性が必要なのだろう。

 

そして、恋愛感情とは着ぐるみ剥がせば「性欲」であったりする。

 

恋と性欲は相性がよいが、

愛と性欲は相性が悪いように思える。

 

性欲なければ子供はできづらいだろうし、

大抵の人間にとって気持ちよいとプログラムされた行為なので恥じることでもないけれど、見せびらかすものでもない。

 

チカン、アカン。

 

本能と言ってしまえば議論は終了。

しかしそれは動物の話で、人間は違う。

 

親の責任で命を預かるということが子育てだろう。

必ずしも男と女、ツガイでなくてもよいが、複数の大人の手や知恵や時間は必要だ。

生まれてすぐに歩き出す馬のようには子供は大人にならない。

わたしのように子供でいたいトイザらスキッズなババアもいる。

まず、人に成るのに20年もかかるのだ。

しかも成人してもまだ社会人じゃなかったりするのだ。

おっそろし!

ああ、おっそろし!

 

正気かよ、すべての親となった人。

マジでリスペクトだよ。

 

30代になれば、もう新しい仕事はなかなかチャレンジできない。未経験歓迎なのは20代だけ。

20代で専門性を磨いて、管理職を目指すのが一般的である。

母親になった非正規社員は、ほとんどの場合、専門性はなく、戻る席もない。

 

「わたしの代わりは他にいるもの、、、」リアル綾波状態。

 

うひょー。こええー。

 

自由に選べる世界は、自己責任になる。

しかし自分の人生のどれだけを選べるっていうの?

 

国籍、親、兄弟、健康、能力、経済状況、、。

 

分かってる。

分かっているよ。

とにかく、手持ちのカードでやりくり頑張ってくださいってことよね。

うんうん。

不満言ってもしようがないものね。

上を見ても下を見ても、あなたを生きるのはあなただけ。

 

うんうん。

どうせ死ぬときは、独りだもんね。

 

「恋はした方がよいよ。」うるさい。

 

 

 

すべての男性に知っていてほしいこと。

目の前に、ちょっと華奢なゴリラがいます。

ゴリラとあなたの間に檻はありません。

ゴリラはどうやらあなたの体に好意があるようです。

ゴリラはあなたが人間であることを知りません。

ゴリラがあなたもまた、ゴリラであると思っているので、

自分があなたを怖がらせている存在である、脅威であるなどと思ったことがありません。

このゴリラは人間の言葉を操ります。

しかしあなたの言葉をろくに聞いてはいません。

なぜなら興味があるのは体であって中身ではないからです。

ゴリラはとても都合の良い解釈をします。

ゴリラがあなたに好意がある=あなたもゴリラに好意があるという理屈がとおっている可能性があります。

あなたに都合というものが存在しているなどと夢にも思いません。

 

このゴリラと、あなたはどれだけ一緒の時間を過ごせるだろうか?

無理!こえーよ!って思うよね。

これ、時々わたしが男に対して感じている感情です。

 

黙れブス?俺は人間だ?差別だ?

 

うん、

わたしは美人じゃないよ。だからって黙ってない。

君は生物学的にヒト科ヒトだろうね。

差別かもね。

 

自分より大きく、力が強く、話が通じない人間は、

もはや人間よりずっと怖い。

この感覚を男性にどう伝えようかと思うと、

ゴリラになってしまった。

 

ゴリラじゃない男性ごめんなさい。

そして、リアルゴリラ、ごめんなさい。

 

恋愛してようが、職場だろうが、夫婦だろうが、

どんな関係性においても、

命にかかわるような重大なことを除いて、

相手の許可なく相手の体を触ること、相手の体を大事に扱わないことは許されないことだと強く心に刻んでほしい。

 

あなたの体はあなたのものであるように、

相手の体は相手のもので、

あなたがしたいという理由、理屈だけで、

くっついたり、触れたり、乱暴したり、大事に扱わないで良い訳がないでしょう。

 

いやよ いやよは、嫌という意味です。

 

痴漢は犯罪です。

それは相手の都合や感情を無視して自分の欲望を押し付ける迷惑行為だからです。

 

愛してるから、という言葉で相手をコントロールしようとするのもまた、暴力だと思います。

 

もちろん女性が男性にしても、それは同じことです。

 

心に傷をおった人には時々、

あらゆる人間がゴリラに見えます。

ゴリラ扱いを不当に受けたら、腹が立つかもしれません。

あなたが紳士的な人間であればあるほどに。

 

だけど、どうかそのゴリラに受けた傷のことを少しだけ思いやってあげてほしいと思うのです。

 

わたしまた、ゴリラにならぬように、

言葉ではっきりと伝えられる人間であろうと思います。

 

 

 

 

 

毎日ドキドキしながら告白したいと思う。

「す、好きです。」(ドキドキ、、拒否されるかも。)

 

昨日、イチャイチャして「だいすきよー」などと安心しきって言い合っていたって、今日はわかんないじゃん。

 

言葉も気持ちも永遠じゃない。

だから神様仏様、世間様に誓って、法律でしばって、

一生一緒にいような?な?って契約するわけじゃん。

 

一緒にいること、付き合っていること、結婚していることは、好きなことの証明ではないし、

エネルギーの節約(お金、愛情、時間、新たにパートナーを探す手間)程度の証明でしかないでしょう。

 

だから毎日、フラれるかもと思いながら、告白したい。

 

みんなは違うの?違うよね。知ってる。

それで思い出した話。

 

上司にガンがみつかった。

彼は妻子がいて、病気も一応は融解した。

彼はプロスポーツ選手を二十代で引退、その後、一般企業で管理職になった文武両道のタフな人であった。

彼は自分の残りの人生を考えて、

好きに生きたいと思って奥さんと話し合って、離婚。

好きに生きたいって、、、?

 

これ、どうよ。

自分が苦しいとき、家族は要らないとわかってしまった。

自分が苦しみから解放されたときにも、家族の存在が有難いと思えなかった。

 

大変なとき、苦しいとき、必要ないものは、

人生において、不要なんだと思う。

不要であることを、まざまざと知らしめてしまうんだと思う。

 

生きることの残忍さに震える。

その感情、決定に会いたくなくて、震える。

 

しかし、知っている。

苦しいときに、要らなくて、

悲しいときに、要らなくて、

寂しいときに、要らなくて、

楽しいときに、要らなくて、

助けが必要なときに、要らなくて、

どうしたって自分の人生に要らなくなってしまった、人。

 

西野カナさんより、震える。人生のトリセツ。

 

 

 

 

男も女も35歳までが適齢期だということ。

正月太りえぐい!やっべーの三キロ太った!

うはははあああ!

 

あ、開けました。おめでとう?かな。

今年もよろしくお願いいたします。

 

ずーっと何年か自分のなかで、

モヤモヤとすることがあって、

疲労はないけど疲労感が消えない。

それは感情労働の価格破壊、激安の殿堂。

感情の激安ジャングル、ジャングルだぁ♪

 

女の人がずっと堪えてきた、

「男をたてる」とか

「セクハラは笑ってかわせ」とか

「家事介護要員」としての期待とか

「普通」に男性と対等に生きたいのに「活躍」を期待されることとか、

体調不良と言えば「つわり?(笑)」とかセクハラまがいのことを言われたりとか、

単に存在しているだけで出っぱった乳を「強調してる」とか「性商品」として値踏みされているようなこととか、

余計な感情労働による疲弊が凄まじくて、

 

あー。今年もくっそみたいな一年だったな!

 

とか思うのだけど、

一生涯女としてファビュラスゴージャスに生きる!

というより「おじさん」でも「おばちゃん」でもどっちでもえーがな!がはは!と笑って楽しく暮らしたい。

 

少しずつ、世界が変わっていくならば、

せめて自分の子供生まれ、社会にでるころには、

男も女も助け合って楽しく生活できるように、、、

と願う自分の妊娠、出産のリミットが過ぎそうだが、

そんなもんは仕方ない。

世界が一刻も早く良くなればよいに決まっている。

 

男も女も35歳までが、子供を妊娠するには良いそう。

個人差はあるけど、やっぱりみんな年を取るんだよね。

 

自然妊娠についてはデータがない。

人口受精はそもそも自然妊娠しない人の治療である。

その上で数値だけど、

人口受精の妊娠率は20代で40%、

35歳までで20%、

40代で治療しても8%、

ちなみに人口受精は一回50万ほど。

このギャンブル、やれる?かけるとしたらいくら?

 

まじで、生まれてきたことってすっごい奇跡だなって思う。

だからもう、今年の抱負は「生きる!」で決定。

 

子供がいていなくても、わたしたちの人生は続く。

どうかみんな幸せであれ。